シクモト屋

「コーチの言うことは絶対だから。」そう言いながらも、彼女の声にはかすかな迷いが滲んでいた。厳しい練習に耐え、常に努力を惜しまない運動部のエース。その凛々しい横顔に、普段は見せない戸惑いが浮かんでいる。「でも……こんなの、本当に必要なんですか？」グラウンドではいつも自信に満ちた瞳が、今は揺れている。真剣だからこそ、ルールを疑うことはしない。だけど、心のどこかで納得しきれない自分もいるのかもしれない。「お前ならできる。信じてるよ。」その言葉に、彼女は小さく息をのんだ。かすかに握った拳がわずかに震えている。覚悟を決めるかのように目を閉じたその瞬間、彼女の中で何かが変わろうとしていた――。

「先生……これ、本当に必要なんですか？」教室の片隅で、彼女は恥ずかしそうに小さな声を漏らした。競泳選手という肩書きが信じられないほど、彼女の体は華奢で繊細だった。普段はプールで見せる力強さが、今はまるで影を潜めている。「大丈夫だよ。練習と同じで、少しずつ慣れていけばいい。」その言葉に、彼女は小さく頷いた。夕日に照らされたその頬は、微かに赤みを帯びている。初めての「補習」に臨む緊張感が、彼女の表情に表れていた――。

「……ずっと、この時を待っていたんだ。」小さな声でそう呟いたのは、自分の思考だったのか、それとも無意識に漏れた言葉だったのか。姪として幼い頃から見てきた彼女が、今、目の前で小さく身を縮めている。「怖がらなくていい。これもお前のためだ。」彼女の身体が微かに震え、瞳の奥に隠された恐怖が見える。それでも、これまで積み重ねてきた執着が心を支配し、引き下がることを許さない。彼女は目を逸らしながら、震える声で言葉を絞り出した。「お願い……もう、やめてください……。」

「先生……やっぱり、恥ずかしいです。」教室の隅で、彼女は困ったように俯いていた。普段は自信たっぷりの彼女が、今はまるで違う人みたいだ。清楚な制服姿は乱れひとつないのに、微かに震える声が、彼女の緊張を物語っている。「大丈夫。少しずつでいいから、一緒にやってみよう。」私がそう声をかけると、彼女は顔を上げた。その瞳には、ほんのわずかに不安と期待が混ざり合っている。頬が赤く染まっているのは、夕日のせいだけではないだろう。ゆっくりと距離を詰めると、彼女の呼吸の音が微かに聞こえた。その瞬間、教室という空間が特別な場所に変わっていく――。

「ねえ、お兄ちゃん。私、変じゃないかな……」薄暗い部屋の中で、不安そうに自分の体を見下ろす彼女の横顔は、幼さと大人びた影の間で揺れていた。成長の兆しがその身体に確かに現れ始めている。それは彼女自身が気づきながらも、受け入れるのを恐れているものだった。時折、彼女が投げかけてくる視線には、無意識の挑発が混じっているように感じられる。けれど、それは彼女自身の意図ではなく、ただ大人になる過程で彼女の中に生まれた何かがそうさせているのだと理解していた。その日を境に、私たちの間には微妙な空気が流れるようになった。日常の何気ない仕草の中に、時折見え隠れする彼女の変化に、目をそらすことができなくなっていく。そして、その変化に対する私自身の反応にも――。

「何してるんだよ、一人で。」旅館の縁側に座る彼女に声をかけると、少し驚いたように振り向いた。浴衣姿の彼女は、どこか不安げで、まだ家族になりきれていないぎこちなさが漂っていた。隣に腰を下ろしながら距離を詰めると、彼女の肩がわずかに震えたのがわかる。そんな様子が、逆にからかいたくなる気持ちを刺激する。「お兄ちゃんが、いろいろ教えてやるよ。」そう言うと、彼女は小さく頷いた。その控えめな仕草に胸がざわつくのを感じながら、旅館の夜が二人だけの特別な時間に変わっていく――。

「だから、その……あなたで練習させてほしいの。」不意に飛び出した彼女の言葉に、思わず息を飲んだ。いつも真面目で、冗談ひとつ言わない幼馴染が、こんなことを言うなんて。彼女は恥ずかしそうに俯きながら、小さな声で続ける。「だって、誰にも頼めないし……あなたなら、恥ずかしくないと思ったから。」彼女の整った横顔が夕日を受けて微かに紅潮している。その姿は清楚そのものなのに、その言葉の内容がどうにも頭から離れない。「本当に、私じゃなきゃダメなの？」と問うと、彼女は顔を上げた。その瞳には、ためらいと真剣さが同居している。「お願い。……私、本当に練習が必要なの。」その一言に込められた彼女の覚悟に、何も言い返せなくなった。そして、部屋の空気が変わったのを肌で感じる――。